問題
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,トラックによる自動車運送事業を主たる目的とする会社法上の公開会社であり,かつ,監査等委員会設置会社である。甲社は種類株式発行会社ではなく,平成24年から平成29年5月31日までの間,その発行済株式の総数は100万株であった。甲社は,近い将来その発行する株式を金融商品取引所に上場する準備を進めており,その発行する株式について,100株をもって1単元の株式とする旨を定款で定めている。なお,甲社には,単元未満株主は存在せず,また,会社法第308条第1項括弧書き及び第2項の規定により議決権を有しない株主は存在しない。
2.甲社の定款には,監査等委員である取締役の員数は3名以上5名以内とすること,事業年度は毎年4月1日から翌年3月31日までの1年とすること及び毎年3月31日の最終の株主名簿に記載された議決権を有する株主をもってその事業年度に関する定時株主総会において議決権を行使することができる株主とすることが定められている。
3.甲社の監査等委員である取締役は,社内出身者A,甲社の主要取引先の一つである乙株式会社の前会長B及び弁護士Cであり,いずれも平成28年6月29日に開催された定時株主総会において選任された。なお,B及びCは,社外取締役である。
4.Dは,平成24年から継続して甲社の株式1万株を有する株主として株主名簿に記載されている。Dは,甲社の株式の上場には財務及び会計に関する知見を有する社外取締役を選任することなどによるコーポレート・ガバナンスの強化が必要であると考え,AからCまでに加えて,新たに監査等委員である取締役を選任するための株主提案をすることとした。Dは,平成29年4月10日に,甲社の代表取締役Eに対し,監査等委員である取締役の選任を同年6月末に開催される定時株主総 会の目的(以下「議題」という。)とすること及び公認会計士Fを監査等委員である取締役に選任する旨の議案の要領を定時株主総会の招集通知に記載することを請求した。
5.他方で,甲社は,トラックによる運送需要の増加によって,その業績が好調な状況にあったことから,迅速かつ積極的に事業の拡大を図ることとし,これに必要となるトラックの購入や駐車場用地の確保のための資金に充てる目的で,平成29年5月8日に取締役会の決議を経た上,募集株式の数を20万株,募集株式の払込金額を5000円,募集株式の払込みの期日を同年6月1日,甲社の主要取引先の一つである丙株式会社(以下「丙社」という。)を募集株式の総数の引受人とし て,募集株式を発行した。この募集株式の払込金額は丙社に特に有利な金額ではなく,また,その発行手続に法令違反はなかった。そして,甲社は,丙社からの要請もあり,この募集株式20万株について,丙社を同月29日に開催する定時株主総会における議決権を行使することができる者と定めた。
6.甲社は,平成29年6月29日に開催した定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)の招集通知に上記4の議題及び議案の要領を記載しなかった。
〔設問1〕
株主Dから上記4の請求を受けた甲社が本件株主総会の招集通知に上記4の議題及び議案の要領を記載しなかったことの当否について,論じなさい。なお,甲社の定款には,株主提案権の行使要件に関する別段の定めはないものとする。
7.甲社の監査等委員である取締役としてのBの報酬等は,1年間当たり金銭報酬として600万円のみである。また,Bは,甲社の監査等委員である取締役に就任するに当たり,定款の定めに基づき,会社法第423条第1項の責任について,Bが職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは,同法第425条第1項の最低責任限度額を限度とする旨の契約を甲社と締結した。
8.その後,甲社には本店所在地近辺においてトラックの駐車場用地を確保する必要が生じたが,甲社は適当な土地を見付けることができない状況にあったところ,Bが全部の持分を有する丁合同会社(以下「丁社」という。)の保有する土地が,場所及び広さ共に甲社が必要とする駐車場用地として適当であったことから,甲社は丁社からこの土地をトラックの駐車場として賃借することとした。甲社の代表取締役Eは,甲社の事業の都合上,本店所在地近辺における駐車場用地の確保が急務であったことから,賃料の決定に際して丁社の全部の持分を有するBの意向を尊重する姿勢をとっていた。平成29年7月1日,Eが甲社を代表して,Bが代表する丁社との間で,この土地について,賃貸期間を同日から平成30年6月30日まで,賃料を1か月300万円とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。なお,本件賃貸借契約の締結に当たり,甲社は,会社法上必要な手続を経ていた。本件賃貸借契約の賃料は周辺の相場の2倍というかなり高額なものであったが,甲社は平成30年6月30日までの間に丁社に対して同月分までの賃料を支払った。
〔設問2〕
上記8の事実に関するBの甲社に対する会社法上の損害賠償責任の有無及びその額について,論じなさい。
出題趣旨
本問は,
- 株主提案権の行使要件と新株発行による総議決権数の変動との関係
- 利益相反取引(直接取引)に基づく取締役の任務懈怠責任と責任限定契約との関係
を問うものである。
設問1
- 株主提案権の行使要件を指摘した上で,どの時点で議決権保有要件を充足する必要があるかを検討しなければならない
- 議題及び議案の要領を招集通知に記載しなかった会社の取扱いの当否を検討
- 会社法上、明文がないため、規範を定立し、事案に当てはめる
設問2
- 利益相反取引をした社外取締役の損害賠償責任の発生要因について事案に即して検討する
- 428条第1項及び第2項の適用があるかを判断するために,本件賃貸借契約が356条第1項第2号の直接取引のうち「自己のため」又は「第三者のため」のいずれに該当するかを認定する必要がある
答案構成
第1 設問1について
1 Dの権利行使は適法か否か
Dが行使している権利は次のとおり
- 株主提案権(303条)
- 議案要領通知請求権(305条)
2 甲社における株主提案権の要件について
- ①株主が総株主の議決権の1/100以上の議決権又は300個以上の議決権を6ヶ月前から引続き有する
- ②請求が株主総会の8週間前までにあること
3 ①②の要件検討
4 甲社の措置は違法
第2 設問2について
1 賃貸借契約についてBは任務懈怠責任(423条1項)を負うか否か
要件は次のとおり
- 任務懈怠
- 故意又は過失
- 会社の損害
- 任務懈怠と損害の因果関係
以下、要件検討
2 Bは社外取締役であり、責任軽減の余地があるか否かについて検討
責任軽減の余地はなく、Bは1800万円の損害賠償責任を負う