問題
次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。
【事例】 令和元年6月5日午後2時頃,H市L町内のV方において,住居侵入,窃盗事件(以下「本件事件」という。)が発生した。外出先から帰宅したVは,犯人がV方の机の引出しからV名義のクレジットカードを盗んでいるのを目撃し,警察に通報したが,犯人はV方から逃走した。
警察官PとQは,同月6日午前2時30分頃,V方から8キロメートル離れたL町の隣町の路上を徘徊する,人相及び着衣が犯人と酷似する甲を認め,本件事件の犯人ではないかと考え,警察官の応援要請をするとともに,甲を呼び止め,「ここで何をしているのか。」などと尋ねたところ,甲は,「仕事も家もなく,寝泊りする場所を探しているところだ。」と答えた。また,Pが甲に,「昨日の午後2時頃,何をしていたか。」と尋ねたのに対し,甲は,「覚えていない。」旨曖昧な答えに終始した。Pは,最寄りのH警察署で本件事件について甲の取調べをしようと考え,同月6日午前3時頃,「事情聴取したいので,H警察署まで来てくれ。」と甲に言ったが,甲は,黙ったまま立ち去ろうとした。その際,甲のズボンのポケットから,V名義のクレジットカードが路上に落ちたため,Pが,「このカードはどうやって手に入れたのか。」と甲に尋ねたところ,甲 は,「散歩中に拾った。落とし物として届けるつもりだった。」と述べて立ち去ろうとした。そこで,Pらは,同日午前3時5分頃,応援の警察官を含む4名の警察官で甲を取り囲んでパトカー に乗車させようとしたが,甲が,「俺は行かないぞ。」と言い,パトカーの屋根を両手でつかんで 抵抗したので,Qが,先にパトカーの後部座席に乗り込み,甲の片腕を車内から引っ張り,Pが,甲の背中を押し,後部座席中央に甲を座らせ,その両側にPとQが甲を挟むようにして座った上, パトカーを出発させ,同日午前3時20分頃,H警察署に到着した。
Pは,H警察署の取調室において,本件事件の概要と黙秘権を告げて甲の取調べを開始した。甲は,取調室から退出できないものと諦めて取調べには応じたものの,本件事件への関与を否認し続けた。Pは,同日午前7時頃,H警察署に来てもらったVに,取調室にいた甲を見せ,甲が本件事件の犯人に間違いない旨のVの供述を得た。Pらは,甲の発見時の状況やVの供述をまとめた捜査報告書等の疎明資料を直ちに準備し,同日午前8時,H簡易裁判所に本件事件を被疑事実として通常逮捕状の請求を行い,同日午前9時,その発付を受け,同日午前9時10分,甲を通常逮捕した。
甲は,同月7日午前8時30分,H地方検察庁検察官に送致され,送致を受けた検察官は,同日午後1時,H地方裁判所裁判官に甲の勾留を請求し,同日,甲は,同被疑事実により,勾留された。
〔設問〕
下線部の勾留の適法性について論じなさい。ただし,刑事訴訟法第60条第1項各号該当性及び勾留の必要性については論じなくてよい。
出題趣旨
本問は,民家で発生した窃盗事件について,翌日の未明に,警察官PとQが,路上で,人相及び着衣が犯人と酷似する甲を認め,職務質問を開始したところ,甲の ズボンのポケットからV名義のクレジットカードが路上に落ちたことから,抵抗する甲をパトカーに押し込んでH警察署に連れて行き,その後,甲を通常逮捕して,勾留したとの事例において,甲の勾留の適法性の検討を通じ,刑事訴訟法の基本的な学識の有無及び具体的事案における応用力を試すものである。
刑事訴訟法上,逮捕と勾留は別個の処分であるが,先行する逮捕手続(さらに,同行の過程)に違法がある場合,引き続く勾留の適法性に影響を及ぼすことがあるとの理解が一般的であり,甲の勾留の適法性を検討するに当たっては,先行手続の違法が問題となる。もっとも,この点については,勾留の理由や必要(刑事訴訟法第207条第1項,第60条第1項,第87条)と異なり,明文で要件とされているわけではなく,逮捕手続の違法についても,逮捕後の時間的制限の不遵守がある場合に勾留請求を却下すべきとする(刑事訴訟法第206条第2項,第207条第 5項)にとどまるため,なぜ先行手続の違法が勾留の適法性に影響を及ぼすのかについて,具体的根拠を示して論ずることが求められる。他方,先行手続の違法が軽微であっても直ちに勾留が違法となるとすれば,被疑者の逃亡や罪証隠滅を防いだ 状態で捜査を続行することが困難となるのであって,先行手続の違法が勾留の適法性に影響を及ぼすと考えるとしても,いかなる場合に勾留が違法となるか,その判断基準を明らかにすることも必要である。
本問では,先行手続として,警察官が甲をパトカーに押し込んでH警察署に連れ て行った行為について,実質的な逮捕であり違法ではないかが問題となる。ここでは,任意同行と実質的な逮捕とを区別する基準を示した上で,警察官の行為が実質 的逮捕であるか否かを判断することが求められる。そして,警察官の上記行為が実質的な逮捕であり違法と評価される場合,その違法が勾留の適法性に影響するのか,影響するのであれば,勾留が違法となる場合に当たるかについて,判断基準を示し て検討することが求められる。また,この点について,先行手続の違法の程度(重大か否か)に着目するのであれば,【事例】において侵害された法益の質・程度や 本来可能であった適法行為からの逸脱の程度(例えば,実質的な逮捕がなされた時点において緊急逮捕の要件を実質的に満たしていたか,満たしていたとして,その時点から起算して被疑者が検察官に送致され,また勾留を請求するまでの時間的制限を超過していないか,また,実質的な逮捕から約5時間後,甲の取調べ等を挟んで通常逮捕の手続が取られていることをどう評価するか)などに関わる具体的事情を考慮した上で,先行手続の違法の程度を吟味し,勾留が違法と評価されるか否かについて論述することが求められる。
答案構成
1 警察官Pらが甲を警察署に同行した点について違法があり、その後、違法性が承継され、勾留が違法となる可能性あり
2 任意同行は197条1項本文より許容されるが、本件同行は実質的逮捕の可能性あり
(1) 逮捕について、強制処分について
(2)
- 本問では同行拒否は物理的に困難
- 警察官Pらは本件同行で、甲の意思に反して、移動の自由、身体の自由を制約
- 本件同行は実質的逮捕にあたり、違法
3 実質的逮捕の際の勾留の適法性
(1)
- 勾留の裁判では、身柄拘束の理由だけでなく、逮捕手続についての判断も前提
- 原則、逮捕が違法であれば、勾留は違法
- それだけでは、捜査に支障をきたす場合もあるため、逮捕手続で重大な違法があれば、勾留を違法とする
- 実質的逮捕の時点で、緊急逮捕の要件を充していれば、重大な違法はないとする
(2)ア
- 甲発見時の状況について
- 警察官Pに対する甲の応答について
- 甲の供述と矛盾する物的証拠について
- 甲には住居侵入罪(刑法130条前段)、窃盗罪(刑法235条)で緊急逮捕できる嫌疑、必要性の要件は具備
(2)イ
- 本件同行の緊急逮捕の要件へのあてはめ
- 送致手続きについて
- 勾留請求について
(3)警察官Pらによる甲の実質的逮捕の違法性は重大ではない
4 勾留は適法