問題
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事実】
1.Aは,酒類及び食品類の卸売を主たる業務とする株式会社である。令和3年4月頃,Aは,冷蔵保存を要する高級ワインの取扱いを新しく開始することを計画し,海外から酒類を輸入販売することを主たる業務とする株式会社Bと協議を重ねた上で,同年6月1日,Bとの間で,以下の内容の売買契約を締結した(以下「本件ワイン売買契約」という。)。
当事者 買主A,売主B
目的物 冷蔵倉庫甲に保管中の乙農園の生産に係るワイン1万本(以下「本件ワイン」という。) 代金 5000万円
引渡日 令和3年9月1日
また,Aは,Bとの交渉の際に,本件ワインの引渡日までに高級ワインの保存に適した冷蔵倉庫を購入し又は賃借することを予定しており,本件ワインの販売が順調であれば,将来的には取り扱う高級ワインの種類や数量も増やしていく予定であることを伝えていた。なお,本件ワインと同種同等のワインは他に存在しない。
2.ところが,令和3年7月末になっても,Aの事業計画に適した冷蔵倉庫は見つからず,購入や賃借の見込みは全く立たなかった。そこで,Aは,Bに対して,適切な規模の冷蔵倉庫が見つかるまでの当面の保管場所として同人の所有する冷蔵倉庫甲を借りたいと伝えて,交渉し,Bの了承を得て,同年8月27日,冷蔵倉庫甲を,賃料を月20万円とし,賃借期間を同年9月1日から1年間の約定で賃借する旨の契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。Bは,翌28日,冷蔵倉庫甲から本件ワイン以外の酒類を全て搬出し,本件賃貸借契約の開始に備えた。
3.令和3年8月30日未明,冷蔵倉庫甲に隣接する家屋において落雷を原因とする火災が発生し,高熱によって冷蔵倉庫甲の配電設備が故障した。同日夕方頃に同火災は鎮火したが,火災による高熱に加え,配電設備の故障によって空調機能を喪失していたことから,冷蔵倉庫甲の内部は異常な高温となり,これによって本件ワインは飲用に適さない程度に劣化してしまった。なお,同日深夜までに配電設備の修理は完了し,冷蔵倉庫甲の空調機能は復旧し,その使用には何らの支障がなくなっている。
4.令和3年9月1日,Bは,Aに対して,本件ワイン及び冷蔵倉庫甲の引渡しをしようとしたが,Aはこれを拒絶した。
〔設問1〕
Aは,本件ワイン売買契約及び本件賃貸借契約を解除したいと考えている。Bからの反論にも言及しつつ,Aの主張が認められるかどうかを検討しなさい。
【事実(続き)】
5.Aは,レストラン等に飲料及び食料品等を販売しており,そのため大量の飲料及び食料品等を貯蔵できる保管用倉庫丙を別に所有していた。倉庫丙は,冷蔵設備を備えた独立した建物であり,内部には保管のための多くの棚が設置されていた。Aは,複数の製造業者や流通業者から購入した飲料及び食料品を一旦倉庫丙に貯蔵し,レストラン等からの注文があると,注文の品を取り出してレストラン等に配送していた。
6.Aは,令和3年10月,一時的に資金不足に陥ったため,日頃から取引のあるCから5000万円の融資を受けることになり,AとCは,同月1日,金銭消費貸借契約を締結した(以下「本件金銭消費貸借契約」という。)。本件金銭消費貸借契約を締結するに当たり,AとCは,以下のような合意をした(以下「本件譲渡担保契約」という。)。
①Aは,AのCに対する本件金銭消費貸借契約に係る貸金債務を担保するために,倉庫丙内にある全ての酒類(アルコール分1パーセント以上の飲料をいう。以下同じ。)を目的物として,Cに対してその所有権を譲渡し,占有改定の方法によって引き渡す。
②Aは,通常の営業の範囲の目的のために倉庫丙内の酒類を第三者に相当な価額で譲渡することができる。
③Aは,2により倉庫丙内の酒類を第三者に譲渡した場合には,遅滞なく同種同品質の酒類を倉庫丙内に補充する。補充された酒類は,倉庫丙に搬入された時点で,当然に1の譲渡担保の目的となる。
7.令和3年10月15日,Aは,ウイスキーの流通業者Dから,国産ウイスキー100ダース(以下「本件ウイスキー」という。)を1200万円で購入した(以下「本件ウイスキー売買契約」という。)。AとDが締結した本件ウイスキー売買契約には,以下のような条項が含まれていた。
①本件ウイスキーの引渡しは,同月20日とし,代金の支払は引渡しの翌11月10日とする。
②本件ウイスキーの所有権は,代金の完済をもって,DからAに移転する。
③DはAに対して,本件ウイスキーの引渡日以降,本件ウイスキーの全部又は一部を転売することを承諾する。
8.令和3年10月20日,Dは,本件ウイスキー売買契約に従って,本件ウイスキーを倉庫丙に搬入した。本件ウイスキーは倉庫丙内の他の酒類とともに棚に保管されたが,どのウイスキーが本件ウイスキーかは判別できる状態にあった。
9.令和3年11月10日,Aは,本件ウイスキーの代金1200万円をDに支払わなかった。このためDが,本件ウイスキーの引渡しをAに対して求めたところ,Aは,Cから,①倉庫丙内の酒類は,本件譲渡担保契約により担保の目的でCに所有権が譲渡され,対抗要件も具備され ていると主張されているとして,本件ウイスキーの引渡しを渋っている。これに対してDは,②本件譲渡担保契約は何が目的物かもはっきりせず無効であること,③仮に本件譲渡担保契約 が有効であるとしても,本件ウイスキーには,本件譲渡担保契約の効力が及ばないことなどを主張している。
〔設問2〕
(1) Cは,本件譲渡担保契約の有効性について,第三者に対して主張することができるか,【事実】9の①の主張と②の主張に留意しつつ論じなさい。
(2) Dは,Cに対して,本件ウイスキーの所有権を主張することができるか,【事実】9の③の主張に留意しつつ論じなさい。
出題趣旨
設問1
- 相互に密接に関連付けられている2個の契約の一方の債務不履行を理由として他方を解除することができるかを問う問題
- どのような場合に履行不能と評価されるかという問題を通して,債権法の基本的な理解を問う
- 複合的契約の債務不履行と解除という応用的な事例について,論理的な思考力及び事案に応じた当てはめを行うことを求めるもの
設問2
- 集合動産譲渡担保及び所有権留保という非典型担保の効力について,事案を分析して,法的に論述する能力を試す問題
- 非典型担保に関する判例法理についての基本的な理解を問うだけでなく,非典型担保の法的構成や物権変動論への理解を組み合わせて,事案に応じた分析及び法的思考に基づく結論を説得的に論述することが求められる
答案構成
第1 設問1について
1 本件ワイン売買契約の解除について
- 本件ワイン引渡義務の履行不能を理由とする解除(542条)について、要件検討
(1)
- 履行不能については「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」(412条の2第1項)判断
- 本件ワイン売買契約について
- 本件ワインの引渡請求権は制限種類債権
- 制限種類債権の性質
- 「債務の全部の履行が不能である」(542条)を満たす
(2)
- 履行不能が債権者Aの帰責事由か否か
- 債権者Aの帰責事由ではない
- 受領遅滞中の不可抗力による履行不能(413条の2第2項)でもない
(3)Aは本件ワイン売買契約を解除することが可能
2 本件賃貸借契約の解除について
(1)
- Bの反論:本件賃貸借契約の解除はできない
- 本件ワイン売買契約と本件賃貸借契約は別契約
(2)
- 本件ワイン売買契約と本件賃貸借契約の密接不可分性
- 契約解除の例外
- 社会通念上、本件賃貸借契約の履行だけでは、契約全体の目的が達成できない
(3)Aは本件賃貸借契約も履行不能解除ができる
第2 設問2について
1 (1)について
(1)本件譲渡担保契約の有効性について
- 本件譲渡担保契約の目的物について
- Cの主張①の成立
- Dの主張②が必要
- 本件譲渡担保契約は有効
(2)第三者に対する主張の可否について
- Cの主張①の検討
- 譲渡担保権の対抗要件について
- 譲渡担保権の対抗要件具備の効力について
- 全ての種類について対抗要件具備の効力が及ぶ
- Cは本件譲渡担保契約の有効性を第三者に対して主張ができる
2 (2)について
- Dの主張③について
- 所有権留保特約について
- 本件ウイスキー売買契約③によりDは転売を承諾している
- 上記契約③が資金確保がその趣旨と解されれば、「転売の承諾」で、Aへ移転したとはならない
- Dの主張③は正当