予備試験過去問(論文)

令和3年度 司法試験予備試験過去問題・答案構成(論文式_商法)

問題

次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,医療用検査機器等の製造販売を業とする取締役会設置会社であり,監査役設置会社である。甲社は種類株式発行会社ではなく,その定款には譲渡による甲社株式の取得について甲社の取締役会の承認を要する旨の定めがある。甲社の発行済株式の総数は1000株であり,昨年までは創業者であるAがその全てを保有していた。Aは創業以来甲社の代表取締役でもあったが,昨年高齢を理由に経営の第一線から退いた。Aの後任を選定する取締役会においては,以前Aが他社から甲社の取締役として引き抜いてきたBが代表取締役に選定された。また,Aは,退任に際し,Bと,Aの子であるCに,それぞれ100株を適法に譲渡した。その結果,甲社株主は800株を保有するAのほか,100株ずつ保有するBとCの3名となった。創業以来,甲社において株主総会が現実に開かれたことはなく,役員等の選任は,3年前の改選時も含め,Aによる指名をもって株主総会決議に代えていた。また役員報酬や退職慰労金は,役職や勤続年数に応じた算定方法を定めた内規(以下「本件内規」という。)を基に,Aの指示によって支払われてきた。そしてAの退任時も本件内規に従った退職慰労金が支払われた。
2.甲社の定款では,取締役の任期については「選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」と規定されている。また「代表取締役は取締役会決議によって定めるものとするが,必要に応じ株主総会の決議によって定めることができる」旨の定めがある。役員の報酬については定款に定められていない。甲社の取締役は,代表取締役社長であるBのほか,代表権のない取締役であるC,D及びEの計4名であった。
3.従来,甲社の事業は,医療用検査機器の製造販売が中心であったが,次代の社長を自負するCは,家庭用検査機器の製造販売を拡充すべきであると主張し,度々Bと経営戦略について対立するようになった。またAも,いずれはCに甲社を継がせたいと考えており,少なくともBと同等の権限をCにも与えるべきであると考えるようになっていた。
4.Aの意向を知ったCは,Bら他の取締役の承諾を得ることなく,自ら「代表取締役副社長」と名乗って取引先と交渉するようになった。さらに,Cは,Aと相談して了承を得た上で,Cを代表取締役に選定する臨時株主総会決議があったものとして株主総会議事録を作成し,Cを代表取締役に追加する旨の登記申請をし,その旨登記された。これらCの一連の行動を,Bら他の取締役が察知することはなかった。
5.そのような中,Cは,家庭用検査機器の製造販売を拡充するべく部品の調達先を確保しようと考え,新たに乙株式会社(以下「乙社」という。)と取引基本契約を締結することとした。Cは,甲社の代表者印が常に経理担当従業員Fに預けられていることを知っており,契約書に「代表取締役副社長C」と記名してFに指示して代表者印を押印させた。乙社の代表取締役は,甲社の代表取締役副社長として振る舞うCを信頼して取引に応じ,この契約書に記名押印した。その後,乙社が甲社に対して供給した部品の代金2000万円(以下「本件代金」という。)の支払を請求したところ,Cによる一連の行動はBら他の取締役の知るところとなり,BとCとの関係が更に悪化した。Bは,Cは適法な会社代表者ではなく,甲社は乙社と契約など締結していないとして,本件代金の請求に応じない意向を示している。

〔設問1〕
甲社に対して本件代金を請求するために,乙社の立場において考えられる主張及びその当否について,論じなさい。
6.BとCとの対立は,その後も激化の一途をたどり,ついにCはBを代表取締役から解職することを決意した。Cは,D及びEの協力を取り付けた上で適法な招集手続を経て取締役会を招集し,Bの解職と改めてCを代表取締役に選定する旨の決議が成立した。
7.Bは,もはや甲社に自分の居場所はないと考え,取締役を辞任することを決意した。Aは強く翻意を促したが,Bは聞き入れず,直後に開催された取締役会で取締役を辞任することを申し入れ,了承された。Bに申し訳ないことをしたと感じていたAは,Bを引き抜いた際,取締役退任時には本件内規に基づいて退職慰労金が支給されると説明したことを思い出し,Fに対して,本件内規に基づく退職慰労金をBに支給することの検討を依頼した。Fは,この依頼に応じ,本件内規に基づいて算定された金額である1800万円の退職慰労金(以下「本件慰労金」という。)をBに支払った。
8.本件慰労金が支給されてから程なくしてAが死亡した。Aが保有していた甲社株式800株は全てCが相続によって取得した。Aの死後,Cは,Fから報告を受けた際,Bに本件慰労金が支給されたことを知った。そこで,Cは,甲社として,Bに対して本件慰労金の返還を請求することとした。

〔設問2〕
甲社のBに対する本件慰労金の返還請求の根拠及び内容について説明した上で,これを拒むために,Bの立場において考えられる主張及びその当否について,論じなさい。

出題趣旨

設問1では,Cと乙社との取引が甲社に効果帰属するための主張及びその当否を指摘することが求められている。具体的には,①Cは甲社の代表取締役として適法に選定された者といえるかにつき,取締役会設置会社における株主総会による代表取締役選定に関する定款規定の有効性に関する議論(最判平成29年2月21日参照)を前提に,Aの承諾をもって株主総会決議としてよいか,さらにCが甲社の代表取締役であるとは認められない場合であっても,②Cが登記簿上は代表取締役であることから,会社法第908条第2項に基づき,甲社は乙社にCが代表取締役で はないと主張することができないと解する余地があるか,あるいは③Cが表見代表取締役(同法第354条)に該当するために,甲社はCの行為についての責任を負うと解する余地があるかについて,検討することが期待されている。上記②及び③を検討するに当たっては,大株主であるAの関与や代表者印の管理不備の問題をどのように評価するかがポイントとなる。
設問2では,本件慰労金の返還請求の根拠・内容として,本件慰労金が取締役の報酬等(会社法第361条第1項)に当たることを前提に,本件慰労金の支給について定款の定めも株主総会決議もないことから,Bは本件慰労金相当額の具体的請求権を有しているとはいえず,本件慰労金は不当利得となることを指摘することが求められる。本件慰労金の返還を拒むために,Bの立場からは,本件慰労金を不確定額の報酬(同項第2号)と捉えて,AがBをスカウトした際にその支給を約束し,かつその当時は甲社の全株式を有していたAがその支給について同意したと主張することが考えられる。また,甲社における取締役報酬支給の慣行,AがBをスカウトした際の説明,及び本件慰労金の返還請求に至った経緯等を前提とすると,甲社による本件慰労金の返還請求は信義則に反し,権利濫用に当たると主張することが考えられる(最判平成21年12月18日参照)。

答案構成

第1 設問1について

1 Cの行為は無権代表行為であり、原則、乙社は甲社に対して本件代金請求ができない

2 乙社の主張

  • ①Cは適法に代表取締役として選定されている(株主総会決議と同様、Aの承諾あり)
  • ②(Cが代表取締役と認められない場合も)Cは登記簿上、代表取締役である
  • ③Cが表見代表取締役(354条)であり、甲社は責任を負う

3 ①について

  • 本件規定の有効性について

(1)

  • 取締役会設置会社における株主総会について
  • 株主総会決議による代表取締役の選定について
  • 本件規定は有効

(2)

  • Cは代表取締役に選定されていない
  • Aの承諾が代わりにならないか
  • 319条1項は全株主の同意を要求
  • ①の主張は失当

4 ②について

  • 「不実の事項を登記」(908条2項)している
  • Cに代表権はなく、同項の適用はないのが原則
  • 特段の事情があるか否か
  • 特段の事情はなく、Cの主張は失当

5 ③について

  • 表見代表取締役(354条)の要件は満たさず③の主張は失当

第2 設問2について

1 本件慰労金の返還請求の根拠及び内容

  • 退職慰労金の性質
  • 本件慰労金には定款の定め、株主総会決議ともにない
  • 本件慰労金は不当利得(民法703条、704条)

2 Bの主張とその当否

(1)Aの同意は全株主の同意であり、株主総会決議に代わるとの主張

  • 退職慰労金の性質は報酬の性質と異なる
  • 退職慰労金支給時にAの株式は8割であり、全株主の同意はないため、Bの主張は失当

(2)退職慰労金の返還請求は信義則に反し、権利濫用

  • 退職慰労金の支給について甲社の決済があると信じる理由がある
  • 返還請求はBとCの対立を背景にしており、合理的理由がない
  • 甲社がBに退職慰労金を返還請求するのは信義則違反で、権利濫用
  • Bの主張は正当

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