問題
人口の都市集中化に伴う地方の人口減少によって私鉄の多くが経営危機に陥っており、運行便数を減らしたり、一部の赤字路線を廃止したりするほか、賃金カット・人員削減も行っている。しかし、地方の私鉄の中には、それに対抗するストライキが頻発し、そのことが利用客離れを呼び、経営危機が進行するといった悪循環に陥っているものもある。他方、地方の住民からは、移動に不可欠な公共交通機関である私鉄に対して国が財政支援を行うよう、強い要望が続出している。そこで、202×年、内閣は、経営危機に陥った地方の私鉄の経営再建を国が支援するために、「地方における民間鉄道事業の維持に関する特別措置法案」(以下「地方鉄道維持特措法案」という。)の策定を検討することになった。
この地方鉄道維持特措法案によれば、都道府県知事の申出に基づき、内閣は「住民の移動にとって不可欠な鉄道を運営しながら、当該鉄道事業の継続が著しく困難であり、その維持のために国による財政的な支援と、国の管理の下での抜本的な改革を必要としている」と認められる鉄道会社を「特別公的管理鉄道会社」に指定することができる。特別公的管理鉄道会社は、国から経営再建のために最大100億円の補助金を得ることができるが、補助金の原資の一部には、当該都道府県の住民に対して課される目的税である「地方鉄道維持税」の税収が充てられる。特別公的管理鉄道会社は、国土交通大臣に対して再建計画を提出し、また、従業員の賃金その他の基本的な労働条件を含む重要事項の決定について同大臣の承認を得なければならない。そして、特別公的管理鉄道会社の従業員は公務員としての身分を有するわけではないが、ストライキなどの争議行為を行ってはならないとされ、争議行為をあおり、又はそそのかした者に対しては刑罰が科される。
立案担当者の説明によれば、特別公的管理鉄道会社の従業員が争議行為を禁止され、争議行為のあおり、そそのかしが処罰される理由は以下のとおりである。1特別公的管理鉄道会社を財政的に支えるために地方鉄道維持税を負担している住民に対して、争議行為によりその生活に重大な悪影響を与えることは不適切である。2争議行為により鉄道の利用客が減少すると、特別公的管理鉄道会社の経営再建に支障が生ずる。3特別公的管理鉄道会社の従業員も団体交渉を行い、労働協約を締結することができるが、従業員の賃金その他の基本的な労働条件の決定については国土交通大臣の承認が必要であり、労使だけで決定することができないので、従業員が労働条件をめぐって特別公的管理鉄道会社に対して争議行為を行うのは筋違いである。4禁止されている争議行為をあおり、又はそそのかした者は、争議行為の開始、遂行の原因を作り、争議行為に対する原動力を与えた者として、単に争議行為を行った者に比べて社会的責任が重いから、その者を処罰の対象とすることは、十分に合理性がある。
地方鉄道維持特措法案における争議行為の禁止規定、争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定のそれぞれが憲法第28条に適合するかどうかについて、必要に応じて判例に触れつつ、論じなさい。
出題趣旨
本問は、公的資金を注入され、公的管理下に置かれた地方の私鉄の労働者について争議行為を禁止し、そのあおり、そそのかしを処罰することが、憲法第28条に違反しないかについて、必要に応じて判例に触れつつ論じることを求める問題
- まず、労働基本権の制限が公共の福祉のための必要やむを得ない限度の制限(全農林警職法事件判決参照)に当 たるかどうかをどのような枠組み又は基準を用いて判断するかが問題
- さらに、本問の法律案は争議行為を禁止するだけでなく、争議行為をあおり、そそのかした者を処罰するとしているので、この点についても検討が必要
答案構成
第1 争議行為の禁止規定について
1 争議行為の禁止規定は憲法28条に反し、違憲
2 28条労働基本権の性質
3 規制目的の重要性、目的と手段の実質的関連性
4 結論、争議行為の禁止規定は違憲
第2 争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定について
1 争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定は違憲
2 争議行為のあおり、そそのかしの性質
3 結論、争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定は違憲